中小企業の決算書の貸借対照表を見ると、現金勘定がありえないぐらい多くなっていることがあります。なぜそのような現象が起こるのでしょうか。

経営者が会社のキャッシュカードを持ち歩いてはいけない

経営者の中には、会社のキャッシュカードを普段から持ち歩いている人もいます。しかしその行為は、会社の資金繰りを考えるととても危険なことなのです。会社のキャッシュカードを経営者が持ち歩くと、経営者は自分の財布の現金がカラになると会社の預金口座から現金を引き出してしまいます。会社と個人のお金が混ざってしまいます。

会社の業績が芳しくないため、経営者が自分の役員報酬の金額を抑えている場合。一方で経営者が普段から会社のキャッシュカードを持ち歩き、会社の預金口座から自由に現金を引き出せるのであれば意味がありません。役員報酬の金額を抑えることで会社の利益は良くなるかもしれません。しかし役員報酬の手取り以上の現金を、経営者が会社の預金口座から引き出し個人で自由に使うことによって、会社の資金繰りは悪化します。会計上の利益と、資金繰りとは別のものです。

例えば、経営者の役員報酬が月30万円、手取りが25万円であったとします。また手取り25万円を会社から経営者個人の預金口座に毎月、振込しているとします。しかし経営者が個人の生活費を月60万円使うのであれば、手取り25万円では足りません。60-25=35万円の現金を、経営者は会社のキャッシュカードから引き出してしまいます。

また経営者の中には、自分の報酬の手取りを毎月振込せず、一方で会社のキャッシュカードを普段から持ち歩き、会社の預金口座から現金を自由に引き出して個人の生活費に充てる人もいます。月60万円の現金を引き出せば、そのうち25万円は手取り分ですが、60-25=35万円は、会社のお金を個人の生活費に流用したことになります。個人の生活費は会社の経費ではないので会社の損益は変わりませんが、会社の資金繰りは厳しくなります。

似たようなケースとして、会社の預金口座から役員報酬の手取りを毎月振り込む以外に、経営者個人の生活費がなくなるごとに会社から経営者個人の預金口座へ振込する経営者もいます。このケースもキャッシュカードで引き出すケースと同様、会社の資金繰りを悪化させます。

なお経営者が役員報酬の手取り以上の現金を会社の預金口座から引き出すと、会社の資金繰りが厳しくなるだけでなく決算書の貸借対照表にも悪い影響が出ます。現金を引き出した時に仕訳する勘定科目は、1.現金、2.貸付金、3.役員借入金、の3つが考えられます。それぞれの勘定科目で仕訳した場合の、決算書の貸借対照表への影響を見てみます。

1.経営者が現金を引き出したのを「現金」勘定で仕訳した場合

会社の預金口座から現金を引き出した時の仕訳は通常「(借方)現金(貸方)預金」です。例えば、経営者が個人の生活費で月60万円を使う場合。役員報酬の手取り25万円では足らないので、月35万円を手取りとは別に会社の預金口座から経営者が引き出すとします。その行為をまとめて仕訳すると

(借方)現金350,000円(貸方)預金350,000円

となります。決算書の貸借対照表では、現金勘定が毎月35万円増えていきます。年間では420万円増えてしまいます。

年間420万円の現金勘定が増えた場合。決算書の貸借対照表で期初の現金勘定が0円であったとしても、期末の現金勘定は420万円になります。銀行に融資を申し込むと決算書を見られますが、貸借対照表の現金勘定が420万円であるのを見て銀行は疑念を抱きます。現金が420万円あるというのは、会社の金庫の中に420万円の現金がある、ということを意味します。しかし会社の金庫にそれだけの大金が入っていることはなかなかないでしょう。中小企業の決算書の貸借対照表を見ると、多くの現金勘定が計上されているケースがあります。その背景にはこのようなことがあるのです。銀行はなぜ現金勘定が420万円もあるのか、追及してくる可能性が高いです。

2.経営者が現金を引き出したのを「貸付金」勘定で仕訳した場合

経営者が会社の預金口座から現金を引き出した時、経営者に対する貸付金として

(借方)貸付金350,000円(貸方)預金350,000円

という仕訳もできます。役員報酬の手取りとは別に月35万円の現金を引き出し、それが1年続くと、決算書の貸借対照表で、期初の貸付金勘定が0円でも期末の貸付金勘定が420万円になってしまいます。またそれは経営者に対しての貸付金です。

銀行は決算書の貸借対照表を見て、なぜ経営者への貸付金が420万円に膨れ上がったのか追及してくることでしょう。銀行が融資を行ってきた会社であれば、銀行が融資した資金が経営者への貸付金に流れたのではないか、疑うことでしょう。銀行が融資した資金が経営者個人に流れてしまったと見られると、銀行が今後の融資を出さなくなることもあります。

3.経営者が現金を引き出したのを「役員借入金」勘定で仕訳した場合

経営者からの役員借入金が多くある会社の場合。経営者が会社の預金口座から現金を引き出したら、会社が経営者に役員借入金を返済したとして、次のように仕訳できます。

(借方)役員借入金350,000円(貸方)預金350,000円

これを1年続けると、決算書の貸借対照表の役員借入金勘定は420万円減少します。例えば、期初の役員借入金勘定が500万円あった場合、期末の役員借入金勘定は500-420=80万円となります。

現金勘定や貸付金勘定が増加するケースよりは、決算書の貸借対照表上で目立ちにくいですが、ただ決算書をしっかり読み込める銀行員が見たら、役員借入金勘定の減少に気づきます。銀行が今まで融資してきた会社であれば、銀行が融資した資金が、経営者からの借入金の返済に充てられたのではないか、疑ってきます。この場合も銀行が融資した資金が経営者個人に流れてしまったと見られ、銀行が今後の融資を出さなくなることがあります。

経営者が会社のキャッシュカードを持ち歩くと資金繰りが悪化しやすい

以上のように、経営者が会社のキャッシュカードを普段から持ち歩くと自由に現金を引き出せてしまい、役員報酬の手取り以上に個人の生活費として会社の現金を使えてしまいます。その結果、会社の資金繰りは悪化します。

経営者が会社の預金口座から現金を引き出し個人の生活費に使うことは、会社の経費では計上されません。そのため損益計算書には影響しません。一方で会社の資金繰りは悪化します。損益計算書には影響しないので、気づかれにくい資金繰り悪化要因です。

さらに決算書の貸借対照表に悪い影響が出て、特に銀行が、現金勘定の増加、貸付金勘定の増加、役員借入金勘定の減少の理由を追及してきます。そして今後、銀行から新たな融資が出なくなる可能性も高くなります。このようなことを考えると、経営者は会社のキャッシュカードをふだんから持ち歩くべきではないことが分かります。

経営者が会社のキャッシュカードを持ち歩かず、構築すべき体制

経営者は会社のキャッシュカードを普段から持ち歩いてはいけません。では、どのようにしたら良いのでしょうか。

会社のお金と個人のお金は一緒にせず別で管理すること、これが基本です。しかし経費の中には現金で支払うものもあります。次のようなケースです。

  • 取引先が事務所に集金に来て現金を支払う。
  • 会社で使うものを買いに、近所の店に行って現金で支払う。
  • 経営者が取引先と会食し、交際費として現金で支払う。

また会社の経費を現金で支払う場合、次の2つのケースがあります。

  1. 事務所等で金庫から現金で支払う。
  2. 経営者や役員・従業員が現金で支払う。

1.事務所等で金庫から現金を支払う場合

事務所等に、金庫を用意します。また現金出納帳も用意します。金庫と現金出納帳は一緒に管理します。

現金出納帳
現金出納帳

金庫に現金を置いておき、事務所等で行われる現金の支払いは全て金庫から出し、その内容を現金出納帳に記録します。売上など現金で集金してきた場合も金庫に入れ、内容を現金出納帳に記録します。

現金出納帳での現金残高は、金庫の中の現金残高と常に一致させます。金庫の中には一定の金額を入れておくルールを作り、金庫の中のお金が少なくなったら会社の預金口座から引き出して金庫に入れ、多くなったら多い分を会社の預金口座に預け入れます。会社の現金を引き出したら現金をすぐに金庫に入れ、それ以外の時はキャッシュカードを金庫の中にしまうなど、持ち歩かないようにします。

現金出納帳は、金庫の現金の動きを表します。例えば売上を現金で8,000円回収したら、すぐに金庫に入れ現金出納帳に記録します。取引先が集金に来て2,000円を金庫から支払ったら、その領収書とともに現金出納帳に記録します。現金出納帳の残高は金庫の残高と毎日合わせます。

2.経営者や役員・従業員が現金で支払う場合

外出先で、経営者や役員・従業員が会社の経費を現金で支払う場合、支払う人が個人でいったん立て替えます。そして立て替えた分を1カ月分などでまとめて経費精算を行います。それぞれの給与の手取りとは別に、1カ月分などの立替経費を、会社から個人の預金口座へ振り込みます。

なお立て替えられるだけの現金を持っていない人に対しては、いったん会社の金庫から仮払いし、事務所に帰ってきたら領収書とともに精算します。

経営者は明日からでも会社のキャッシュカードを持ち歩くのをやめよう

会社のキャッシュカードを経営者が普段から持ち歩くと、多くの経営者は会社と個人のお金が一緒になってしまい、会社の預金口座から気軽にキャッシュカードで現金を引き出してしまいます。

経営者個人の預金口座に入っている預金に比べ、会社の預金口座に入っている預金の方が多いものです。会社では銀行から借り入れるなどして、預金残高を増やしやすいからです。それを個人のお金のように経営者が自由に使ってしまえば、会社の資金繰りは悪化してしまいます。会社の預金を経営者個人の生活費に使ってしまうことは、会社が資金繰り悪化する要因の一つです。